合格体験記~2026

T.Oくん(2026年 武蔵中 他合格)
   2026年2月3日。 僕は武蔵中学校に合格した。

 僕がハロウィンに入塾したのは、5年生の初めのころ。元々入っていた塾が所属するサッカーチームの練習日と合わず、転塾してくる形だった。
 正直元の塾が好きだったので、体験に行く前はあまり乗り気ではなかった。しかし、いざ体験に行ってみると、気さくに話しかけてくれる塾生や、明るい雰囲気にひかれて、すぐに入塾を決めた。

 武蔵の見学をした時にも似たような感動があった。校内を流れる川や、林、そしてヤギ。その広大なキャンパスに胸がおどった。そうして武蔵は不動の第一志望校になった。

 ハロウィンでの授業は楽しく、苦手だった算数もすっかり好きになった。6年生になってからは、平均的だった理社でも良い成績を取れるようになっていった。

 1月校は順調に進み、あっという間にむかえた2月1日。ロンとメガネの激励を受け、試験に向かう。試験前の緊張も、試験開始の合図と共に消え去った。

 しかし、手応えは最悪だった……。

 得意な国語が思うようにいかず、理科も算数も時間内に終わらせることができなかった。本気で落ちたと思い、武蔵に別れを告げるほどだった。
幸い、その不安はのちの試験に影響せず、武蔵以外の学校の出来はバツグンだった。

 2月3日。海城の試験を終えると、近くの公園に行き、武蔵の合格発表を見た。僕の受験番号160番はしっかりとのっていた。何ともあっけなく実感もわかなかったが、時間がたつにつれ、喜びがこみあげてきた。

 その数時間後栄光、次の日には、海城も受かったことが分かり、結果受けた学校全てに合格することが出来た。

 最後に、ロンとメガネ、2年間ありがとうございました。


S.Mくん(2026年 浅野中 他合格)
   ぼくの目には合格は発表のサイトで、『合格おめでとうございます。』よりも『残念ながら不合格となりました。』の方が多く映った。
実際、僕の入試は8戦2勝、つまり合格率25%だ。
 ここまでの話からこの学校の名前がでるのは意外だろう。しかし、ぼくは浅野中学に合格した。

 ぼくの入試は困難の繰り返しだった。まず、1月に渋谷幕張中学に落ちた。そこからいろいろとおかしくなったのかもしれない。
2月で最も大きなアクシデントは都市大付属に落ちたことだと思う。
そこで急きょ受ける予定になかった学校を受けた。もちろんそれもだめだった。そんな中ぼくは浅野中学を受けた。
テスト終了後まただめだと思った。

 その日家に帰って散々泣いた。そこでようやく気持ちを切り替えることができた。
それであることに気づいた。それは自分が今までの試験にびびっていたことだ。学校の名前に押されて本来の実力を発揮できていなかったのではないかということだ。
4日の聖光学院は自分の全てを出しきった。だから合否にかかわらず悔いが残らなかった。結果的にだめではあったが、これでだめなら実力が及ばなかったのだと割りきることができた。

 また浅野中学に話題を戻すが、聖光学院の試験を終えて保護者のところに帰っていいと言われ、父、母と合流したら、合格したことを告げられた。とてもうれしかった。
そこでもう自分の受験が終わったことを実感した。

 最後に伝えたいのは、結果がどうであれ自分の全てを出しきり、悔いのないようにすることだ。それさえできればもう思い残すことはないだろう。



R.Kくん(2026年 日大豊山中 他合格)
   僕は、四年生の九月にハロウィンに入りました。

 初めてハロウィンの授業を受けた時には不安がありましたが、ロンとメガネの支えがあったことにより、その後もハロウィンに通うことができました。

 元々勉強が苦手で、やる気もいまいちでしたが、5年生に入ってからの授業で他の生徒との差を感じ、やっと自分に危機感を持つようになりました。
その危機感をなくすためには、まず自分の得意な算数と国語の物語文の読解を伸ばしていこうと思いました。

 志望校のことでは、中学に入って水泳を頑張りたいという思いから日大豊山を選びました。

 2月1日の日大豊山受験日は、自由が丘駅でロンとメガネから励ましの言葉をもらい、自信を持って受験に臨むことができ、無事に合格することができました。
ちなみに、前日の激励会で卒業生からもらった刺激の強いミントグミで眠気を覚ますことができました。

 最後に、支えてくださったロン、メガネ、山田先生、本当にありがとうございました。



C.Mさん(2026年 青山学院中等科 他合格)
   私は第一志望の青山学院中等部に合格しました。
両親から合格だったと聞かされた時に、最初は信じられませんでした。学校に行って入学手続きを済ませた後、ようやく安心できたのを覚えています。

 私がこの体験記で一番伝えたいのは、すぐにあきらめてほしくないということです。
私はこの中学受験のなかで、たくさん諦めたくなったことがあります。その中の三つを紹介したいと思います。

 一つ目は、私が最初に通っていた塾が嫌になってしまい中学受験自体をやめようとしたことです。
しかし、両親がやめないほうが良いといってハロウィンの体験授業を受けさせてくれました。
授業を受けて、すごく楽しい塾だと思いました。友達もいい人ばかりで、通ってみようと思いました。私の後に入ってきた友達もみんないい人で、さらに楽しくなりました。
友達みんなにとても感謝しています。

 二つ目は、最初に青山学院に行きたいと言ったときのことです。その時は5年生の後半で、ロンもメガネもここから挑戦するのは難しいと言われました。
私は付属校の問題形式よりも、じっくり考えて解く進学校の問題形式のほうがあっていたからです。
しかし、私はそれでも挑戦すると二人の前で宣言しました。
実際に付属校の入試問題を解いてみると、やはり問題傾向があっておらず、特に青山学院の問題は私に合っていませんでした。そのため、とても苦労したけれど、二人は一生懸命教えてくれました。

 三つ目は、試験が始まってからのことです。
青山学院の試験は2日にあり、1日は香蘭と恵泉を受験しました。結果は、恵泉は合格することができましたが、過去問で自信があった香蘭には落ちてしまいました。
私はすごく落ち込んでしまって、自分には青山学院はハードルが高すぎるのではないかと思い、青山学院を受ける予定だった2日の午前にほかの学校を受けようと考えました。
その時にロンに電話をして相談させてもらい、この半年間ずっと青山の過去問を解き、努力してきたのだから受けたほうがいいと言ってもらえ、青山学院を受ける勇気が出ました。
それだけでなく、青山学院の試験当日に表参道駅でメガネが待っていてくれてとても安心しました。

 これは私の体験ですが、たとえ諦めそうになったり、やめたくなったりする時があったとしても、応援してくれる人、支えてくれる人がいるので、もう一度頑張ってみてください。



S.Yさん(2026年 ドルトン東京学園中 他合格)
   私は3年生の時からハロウィンに通い始めました。

 体験授業当日、緊張気味の私は手前の教室へ入るとまさかの自分1人。さらに緊張感は高まりました。
国語の授業の音読の時は、きっと声が震えていたと思います。
初めの頃はあまりハロウィンに行きたくないと思うこともありました。
それでも、お母さんが毎日作ってくれる予定表を見てハロウィンに通い続けるうちに、徐々に行きたくない気持ちは無くなっていきました。

 自分は暗記系がなかなかうまくいかず、家の中でテストの結果を見た時など気まずい雰囲気が漂っていました。
6年生から始まる理社のコアプラステスト、特に理科のコアプラスは相当苦戦しました。
それについて、ロンとメガネには厳しく指導してもらいました。

 入試直前、激励会ではロンとメガネにはもちろん、先輩方にもたくさん応援してもらいました。多くの人の応援が私を支えてくれました。

 受験当日、模試や1月受験で練習していたこともあって、本番はあまり緊張しませんでした。
私の家では3日までは結果を見ないようにしようということで話を決めていました。第1志望校に受からなかった時、他の学校の試験に響くと思ったからです。
しかし、私も試験後の夜はなかなか寝られず、家族も同様でした。そのためやはり見ようと1日午前の合否を確認することにしました。
結果は合格でした。
あまり手応えがなかったけれど、本当に嬉しく、家族みんなで喜び合いました。

 私は今回の中学受験が本当にいい経験になったと実感しています。1番感じだことは「コツコツ頑張ることの強さ」です。
私は4年生から6年生までの直前期まで朝の一行題を解く朝勉を続けてきました。
結果的にこの経験が本当に役に立ったと思うし、自分はコツコツ積み上げていくことが得意なのだと自信をもつことにも繋がりました。

 次に、試験当日に私がやって良かったと思うことをまとめます。
  1、試験直前1分前は3回深呼吸をしてリラックスすること。
  2、自分ができないことは周りもできないというように、気持ちで負けないこと。
  3、わからない問題があっても、最後まで絶対にあきらめないこと。

 最後に、毎日私の受験勉強に向き合ってくれたお母さん。いつも明るい空気を作ってくれたお父さん。見えないところで応援してくれていたお兄ちゃん。そして、3年生の時から見てくれていたハロウィンの先生方、一緒に戦ってくれた友達に心の底から感謝しています。本当にありがとうございました。



C.Tさん(2026年 田園調布中 他合格)
   私は3年生の2月にハロウィンに入塾した。

 体験の日、3年生は私を合わせて2人しかおらず、「塾」という未知の存在や、初対面の大人の先生に、不安をつのらせていた。
しかし、ハロウィンの和気あいあいとした雰囲気に惹かれ、入塾を決意した。

 入塾してからは、着々と同じ学年の仲間が増えていき、最終的には十人ほどになった。
学習面では、暗記科目に苦戦しながらも、入試のころには自信をもって知識を活用できるようになっていた。

 結果として、第一志望にはとどかなかったが、田園調布学園に合格した。
目標のために頑張る精神力、競い合い、高め合ってきた友人。
私はこの塾に通って、合格よりも大切なものをもらえたと思う。

 最後に、支えてくれたロン、メガネ、そして、互いに高め合ったクラスメート、3年間本当にありがとう。


T.Mくん(2025年 高輪中 他合格)
   僕は、3年生の2月からハロウィンに通塾するようになりました。

 当時、僕はどの教科においても未熟で、この先授業についていけるか不安でした。
そのため、僕は授業についていけるよう予習を精一杯頑張りました。
その結果、成績が上がってきて、5年生の中頃から駒場東邦を目指すようになりました。

 しかし、6年生の9月から始まった過去問演習で、過去問を解いてみると、国語はそれなりの点数が取れましたが、算数や理科、一番得意な教科であった社会すらあまり良くない点数で合格まではまだまだ程遠い位置でした。
その後、なんとか点数を上げようと、社会は問題を何回も解いてある程度問題傾向を把握し、理科はコアプラステストをとにかく頑張って点数を上げることができました。
けれども苦手科目だった算数はどうしても点数が上がらず、苦しんでいました。
そのため、11月から個別指導を始め、楽な解法、捨て問の選び方などを教えてもらい、少しずつ点数を上げて、合格者最低点を超える年も出てきました。

 また、僕はメンタルが弱く、苦手な問題が出るとすぐに怯んでしまう性格でしたが、問題を沢山解くことで自信をつけ、入試前までに克服することに成功しました。

 そして好調な中で入試本番まであと一週間のところまできましたが、ここで異変がおきました。

 社会の特訓授業に行こうと出発準備をしていましたが、いつものように体が動かなかったため、熱を測ってみたところ、38度の熱がありました。
病院に行くとマイコプラズマに感染していたことがわかり、受験に間に合わないかもしれないと不安になりました。
それでも希望は失わず、しっかりと休み、入試に向けて体調を整えていました。

 しかし、薬が効かないマイコプラズマ肺炎だったようで熱が長引き、結局最後の激励授業の日も参加することができませんでした。
電話でロンとメガネと話して、最後にやるべきこと、入試を成功するコツなどを聞いて、入試間近で緊張していた心はかなり和らぎました。

 そして入試当日。体調は全快というわけにはいかず熱もあり咳も止まらない状態、直前にロンとメガネに会うこともできなかったけれども、発症当初に比べればだいぶマシになっており、なんとか2月1日の駒東を受け切ることができました。
しかし、肺炎になってしまったことで、いつもならできる国語の長文が頭に入って来ず、結果的に落ちてしまいました。

 次の日学習院では、合格を取れるだろうと思っていましたが、前日咳による睡眠不足などで本来の実力が中々出せず、不合格になってしまいました。
僕はこの時かなり絶望しており、次の入試に臨む力もほとんどありませんでした。
そんな時にロンとメガネが途中の駅まで会いに来てくれ、2人と話したことでいつものリズムを取り戻すことができました。

 このころようやく熱も下がり、だいぶ体調が回復し、国語をいつものように解くことができるようになって、2月3日には聖学院、2月4日には高輪中に 合格することができました。

 この合格でとても安心し、自信を取り戻すことができました。

 そして、体調が回復したため、本当は受ける予定はありませんでしたが、第1志望が万全の体調で受けられなかったこと、第2第3志望が受験すらできなかったことの後悔が残らないよう、2月5日に本郷中を受験することにしました。国・社・理はかなり好調でしたが、算数がうまくいかず、結果不合格でした。

 ただ、僕は受けられただけでもよかったと思いました。

 第1志望に合格できなかった悔しさは必ず大学受験で晴らします。

 これが僕の中学入試です。

 そして、僕がこれから第1志望の中学校を目指す皆さんに伝えておきたいことは、体調管理には気をつけてください。

 特に僕のように1月受験中にウイルスをもらわないように(1月は学校も休んでいましたが、おそらく1月受験の佐久長聖で感染しました)。

 最後に3年間ロン、メガネ、そして加藤先生、ありがとうございました。



Y.Tさん(2025年 田園調布学園中 他合格)
 
  一生忘れられない受験

 私は、田園調布学園と普連土学園に受かった。「合格」という文字が画面に出てきた瞬間、とてもうれしかった。

 自分は、年号と漢字が苦手だった。克服するため、母が用意してくれた漢字のプリントをやった。
今までやってきた勉強の中で一番印象深いのは、第一志望校だった吉祥女子中学校の過去問の社会の見直しだ。
吉祥女子中学校は、数年同じ年代の社会がでることが分かり、ノートをつくって、何回も見た。2月1日、2月2日も見た。

 2月1日は、ロンとメガネの激励を受け、試験会場に向かった。結果は不合格だった。2日目、ほとんど何も考えられず、ぼーっとした状態で駅に着くと、ロンが居てびっくりした。母が、あえて内緒にしていたからだ。
そして結果は不合格で、とても泣いた。吉祥女子に行けないことが分かって、とても苦しかった。だが、第二、第三は受かってよかった。

最後に忘れることのできない言葉が3つある。
 1つ目はメガネが言ってくれた「私、心配しないので」という言葉だ。この言葉は、試験会場で落ち着くことができるものになった。
 2つ目は、ロンに2日目に言われた、「2日目で受かってるやつなんてハロウィンにたくさんいるから」という言葉だ。この言葉は、自分の気合いを高めてくれるものだった。
 3つ目は、自分のまちがえた言葉で、「ガラスの天井」だ。私は「天井」を「天丼」と書いてしまい、時々「ガラスの天丼」と呼ばれるようになってしまった。
最初はとても恥ずかしかったが、試験会場では自分がリラックスできる言葉になった。

 ロンとメガネ、勉強の楽しさを教えてくれて、ありがとうございました。


K.Kさん(2025年 恵泉女学園中 他合格)
   2月2日午前5時00分04秒 「合格おめでとうございます」

 私がハロウィンに入ったのは4年生の春頃。某S塾からの転塾で、下のクラスだった訳でもなかったが、迎えに来てくれた母曰く、「まるで死神のような顔をして帰ってきていた」とか。そんなこんなで転塾してきた。

 私は極度の人見知りなので、最初の方は例えるなら地蔵のような感じだったが、夏の終わりにはライオンのようなうるささになっていた。

 月日は流れ、6年生の10月に恵泉女学園に見学に行った。その時の第一志望校は本気で行きたかったので悩んだ。
しかし、私は本が好きだったので、恵泉の蔵書数と図書室の中に木が生えていて葉っぱが落ちているということに感動した。
また、私は女の子といると少し男勝りな部分が出ると感じることがあり、恵泉の“女性らしさを求めない”という校風に惹かれ、第一志望校に決めた。

 恵泉に決めてからは前よりも勉強した。なぜなら恵泉に入ろうという思いはもちろん、小学1年生の2月から塾に通っていた自分を裏切りたくなかったからである。
他の恵泉の受験生よりも過去問演習等で遅れているという点での焦り。自分への虚しさ。過去問をやりたい。でもいろいろな塾を週7で通う。気づけば日をまたぐ直前まで勉強。しかし理社の知識はまるで排水溝のように抜けてしまう。必死になってやっているのに中々テストで結果が出ないのは辛かった。
でも親戚に恵泉の卒業生がいたので、親戚には志望校の話はせず良い報告が出来るように頑張った。
また、自分の目標であった、恵泉に1日で合格して受験を終えるという目標が達成できるように――

 そして迎えた2月1日。人見知りをしすぎて緊張という感情が消え、いつも通りに受けられた。
午前中は第二志望校を受けた。発表は21時で、不合格。そこで友達から連絡が来た。デリカシーが無いようにも思えるが、自分にとっては凄く嬉しかった。
でも、悲しくて悔しくて、恵泉に受かっているなんて誰も思っておらず、その後4時間しか眠れなかったが、受かったので良かった。

 私が受験で大切にしたことは、「まぁいっか」だ。失敗しても切り替える、これだけ。

 全然タメにはならないけれど、今これを読んでいる中学受験を考えている小学生たちへ。
きっと凄く辛くて嫌になることもあるだろうけれど、その先には笑っている自分がいると信じて、ファイト! 
適度に息抜きもしてね!(自分は音楽を聞いていた)

 最後に先生方。問題児だった私の夢を叶えさせて下さってありがとうございました。



T.Iくん(2024年 慶應中等部 他合格)
 僕は小学4年生の2月にハロウィンに入った。

 それまでは中学受験をしようとは思っていなかったが、楽しそうに私立中学に通う姉を見て、受験をしようと思った。

 ハロウィンに通い始めてからはみんなに負けないように勉強し、授業で勝つともらえるカードをたくさん取れるようになった。
6年生になってからは、年号テストや先輩たちが受けてきた過去問など、点数を競うものが増えてきたのだが、この先輩たちの中に姉がいるのだ。
そのため僕は同学年のみんなだけでなく、姉にも負けないように頑張った。
その結果、年号テストでは姉と同じく毎回全問正解クリアし、冬期講習期間に毎日行われた理科の過去問を使ったテストでは合計1点差で姉に勝つことができた。これによりかなり自信がついた。

 そして迎えた2月1日の慶應普通部受験当日。あまり自信はなかったのだが、無事合格することができた。
この流れで2日の併願校、3日の慶應中等部にも合格することができた。

 僕は、ロン、メガネ、そしてハロウィンの楽しい授業のおかげで合格することができたと思う。約2年間ありがとうございました。



R.Iさん(2021年 女子学院中 他合格)
 私が第一志望校である女子学院に合格できたのは2つの理由があると思う。

 1つ目は1つ1つのテストに手を抜かなかったことだ。
漢字テストや6年生になるとある年号テスト、コアプラステスト。当時は廊下に張り出されたときに恥ずかしくないように努力していたが、それが確実に身についていたのだと思う。
特に、年号テストで歴代2人目の1発合格を目指したことで、歴史への関心につながっただけでなく、時代の流れをつかむことができ、社会の点数に大きな影響を与えた。

 2つ目は先生たちがそれぞれに合った指導をしてくれたことだ。
私が苦手だった算数の底上げや、それを補うための他教科の指導があってこその合格だと思う。
さらに、1月31日にもらった手紙に書かれていた言葉のおかげで、安心して本番に臨めたと思う。

 2年半という短い間だったけれど、楽しく学ばせてくれた先生方、16期生のみんな、本当にありがとう。

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